舞人さんからの頂き物!!

君は知らないだろうけど。





窓から見える外に目を向ければ、少し前までの風景は何処にもなかった。
見えているのは自分の家が経つ崖から離れた森ではあるけれど、そこはかき氷でも降り積もったかのように真っ白に染まっている。
こうして家の中で暖炉に火をくべていれば暖かさを満喫できるが、どうしたって外に出れば肌寒さを感じるに違いない。
いくら鍛えているとはいえ、四天王と呼ばれているとはいえ、感じる寒さは人と変わらないのだ。
ただ、それを耐えられるとか、苦痛ではないというだけの話で・・・。

「ごらん、キッス。あんなに白くなった」

窓を開けて外で地面を啄んでいるキッスに話しかければ、彼はココの言葉に返事をするかのように高らかな声で啼いた。
流石はエンペラークロウと言ったとことか。この程度の寒さは大して苦ではないらしい。
それでも更に気温が下がれば心配にもなるので身体が温まるような食べ物を用意してやるべきか、とココは考える。
もう少し家が広ければ中にも入れてやれるのだが、改築をするにしたってこの崖を越えて来てくれる大工などいないし、第一にココ自身が他の誰かを近づけたくはなかった。
遠慮なしにやってくる輩はいるとしても、ココが自ら進んで誰かを家に招く事なんて・・・。

「小松くんは、どうしてるのかな」

ふいに、呟いたのは珍しくココが心を許した一人の青年の名前。
彼は自分と比べようもない程に小さくて弱い人間だというのに、決して自分が持ち合わせてはいない強さを見せてくれた唯一の人だ。
そんな彼に想いを寄せてしまうのも仕方ないと言うなれば仕方ない話で、恋愛は自分に無いものを求める、なんて話もまんざら嘘ではないのだなと納得したのは少し前の事である。
だが、どんなに想いを寄せていようとも、告げる事をしていなければどうにもならない。
傍にいられるだけで、笑ってもらえるだけで、声が聴けるだけで幸せ。
そのように自分の恋心を表現する人もいるのだろう。しかし、ココはそれだけでは満足できなかった。

「キッス~・・・小松くんに逢いたいよぉ・・・」

窓辺に項垂れながら本音を洩らせば、キッスも少しばかり困ったように啼いている。
こんなのはあまりにも女々しく、自分と同じく四天王と呼ばれるトリコやサニーには決して見せたくはない姿だ。
だけど、そんな形振りなど構っていられない程にココは余裕がなく、所謂ところの切羽詰まった状態。
時折、部屋の壁にかけられているカレンダーを横目で見やる度に溜息はいくらでも溢れ出てしまう。
溜息を吐く度に幸せが逃げてしまうんですよ、と教えてくれた彼の笑顔を今こそ目の前にしたいというのに。

「こんな時、崖の上に住んでる自分が恨めしくなるよ」

毒人間として生きる事になった自分は人との関わりを避ける為にこのような断崖の絶壁に住みついた。
しかし、おかげで生まれて初めて想いを寄せた人と逢う機会が殆どないという裏目に出てしまうなんて。

「あぁぁぁ・・・・滅びろ」

つい、心にも思っていないような八つ当たりをこの場にはいない誰かに向けてしまうくらい、ココは追い詰められているのだ。
ちなみに、この時のココは脳裏に某食いしん坊ちゃんと某美しさ至上主義者の顔を思い浮かべていたとか・・・。

「はぁ・・・僕には関係のない行事だと思っていたけど」

何度目かの溜息と共に呟いた言葉に、キッスからの返事はない。
おかしいと思ったココが顔を上げると、そこには地面を啄んでいたキッスの姿はなかった。

「あれ?」

どうやらいつの間にか飛んでいってしまったらしく、ココは急にむなしくなったので静かに窓を閉める。
どんなに自分が平気だとしても、あまり部屋の中を冷やすのは保存してある食材にも良くはない。
それに先程よりも雪は酷くなっているようだし、こんなに寒くては猛吹雪になる恐れもあった。

「災難な事だ・・・」

吹雪のせいで誰かが困っても知った事ではない。どうせ自分は望みを達成できないし、内心でそれを少しだけ喜んでしまうのも今日ばかりは多目に見てもらいたかった。
だが、それは冬で最も大きな行事で一、二を争うと言ってもいいに違いないのだろう。
そもそも、12月ともなればIGOや他のグルメ社会で商戦を生き抜いた者たちが死に物狂いで働く時期。
つまりはこの季節にしか現れない獣や、限られた日にだけ実をつけるという果物を必死で得ようとしているのだ。
勿論、美食家からすれば絶対に逃したくはない貴重な食材を口に出来る貴重な時期だが、ココはそういった食材を手に入れる動きを一切見せようとしない。
それよりも、このシーズンは占い稼業が何かと忙しかったりする。
美食家としてまた活動を始めたとはいえ、長年を生活の糧にしていた占い師としての仕事は無碍にできなくて、あまつさえクリスマスは「想いを告げたい人との未来を視てほしい」なんて依頼が持ちこまれたりするのだから。

「正直、僕が聞きたい・・・・」

想いを寄せている人との未来が知りたいのは自分の方。
しかし、仕事は仕事なので依頼は断らずに視てあげてはいるのだけど、どうして他人の恋愛成就を世話してやらなければならないのか。
自分は別に世話をされたい訳ではないが、良い結果に喜んでいる客を見る度に苛立ちは募った。
クリスマスを恋人と二人だけで過ごしたい、なんて話を聞かされて、自分はどんな反応をすればいいのかもわからず、羨ましいやら憎たらしいやら、なんとも妙な感情を今日まで抱いてきたのである。

「・・・小松くん、忙しいだろうな」

本日のカレンダーが示している日付は「12月24日」のクリスマスイヴ。
小松が働いているレストランはきっと予約が殺到しているし、料理長である彼はメールや電話になど気付く余裕もない程の忙しさを感じているのだろう。
だからこそ、いくらなんでもクリスマスを一緒に過ごしたい、なんて望みは絶対に言わない。
それは彼の重荷になるだろうし、まず無理に決まっている。
五ツ星ホテルの料理長にクリスマスは休みを取って、なんて言おうものなら笑顔で包丁を突き付けられそうだ。
普段は優しくて穏やかな小松ではあるけれど、以前に一週間くらい軟禁(ココ的には一緒にいたかっただけ)してみたら本気でキレられた事があるくらいなのだから・・・。
流石にあの時はやり過ぎた、と自分でも思う。でも、一緒にいたかったのだから仕方ない。

「恋人になれば、一週間どころか、一か月でも半年でも一年でも」
「何がです?」
「だから、小松くんを軟禁・・・じゃなくて、いつだって一緒にいれるよね」
「それは、犯罪の匂いがします・・・・ココさん」
「そんなことないよ、小松くん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ!!?」

一瞬、ココは決してこの場にいない彼の声が聞こえた事実を夢か何かと勘違いしてしまいそうになった。
しかし、勢いよく振り返れば確かにそこには困ったように苦笑をしている小松が確かにいて、首に巻いているマフラーを解いている最中であったのだ。

「こ、小松くん・・・!?」
「こんにちは、ココさん」
「え!?何で!?」
「何でと言われましても・・・仕事が急に休みになったんです」
「そんな嘘吐かないでいいよ!」
「どうして嘘だと思うんですか?」
「だって、料理長の君がこんな日にオフな訳が・・・っ」

確かに目の前にいるのは小松。だが、それでも信じられず、ココはらしくない慌てぶりを見せてしまう。
そんな自分の姿に小松が驚き、少し呆れたように目を細めながら笑う姿に漸く落ち着きを取り戻そうかと思えたが、それでもいきなりすぎる不意打ちに心臓は早鐘のように鳴り響いていた。

「休みにならざるを得なかったんですよ。僕の働いているホテルが停電になったので」
「・・・停電?」
「凄い猛吹雪で、ホテルを予約していたお客さんたちが来られないんです」
「そんなに酷いのか・・・」

もしかしたら、自分のせいだろうか。
ココは動揺のあまりにおかしな可能性を考えたが、小松を目の前にしている事実の方が強過ぎてすぐにどうでもよくなってしまう。

「おかげでホテルが計画していたイベントは全て駄目になってしまいました。停電だから電気も使えないし、食材も吹雪のせいで届きません」
「大変だったね・・・」
「でも、おかげでココさんの所に来られました。崖の上でどうしようかと思ってたらキッスが気付いて飛んできてくれたんですよっ」
「あ、そうだよ。どうして小松くんは僕の所に?仕事が駄目になっても、同僚とクリスマスを祝う話くらいは出たよね?」
「はい。確かに、独身だけで飲み会をしようと誘われましたが、僕には予定があったので断りました」

そう言って、小松は手に持っていた紙袋をココに差し出した。
中身はわからないが、何やら甘い香りが微かに漂っている・・。

「これ、一緒に食べようと思って作りました。クリスマスケーキです」
「・・・・つまり、予定っていうのは」
「ココさんとクリスマスを過ごしたい、と思いまして。いきなりだから迷惑かなとも考えたんですけどね」
「迷惑じゃないよ!そんな事あるものか!」
「あは、よかったですっ」
「嬉しいよ、すっごく嬉しい!」
「はい、僕も嬉しいです。もしかしたら、この吹雪は僕の願いを神様が叶えてくれたからかもしれませんね」
「願い?」

言葉の意味がわからずに聞き返すと、小松は柔らかな笑みを浮かべた。
そして、少しだけ頬を赤く染めながら、はっきりとココにそれを伝える。

「クリスマスにココさんとケーキを食べて・・・こ、告白したいっていう願いです・・・っ」
「え・・・」
「あぁぁ!もう、言っちゃっていいですか!?僕、恥ずかしくてどうしたらいいかわからないです!」

小松の顔は赤いが、それよりもココの顔の方が赤い。
しかし、そんな様子に気づきもしない小松は意を決したようにココに近づくと、目を潤ませながら必死な表情で訴えた。
一方、驚いているのはココである。彼はまさか小松がそんな事を言うとは思いもしないので、どんな反応をすればいいかわからない。

「ま、待って!心の準備が・・・いや、そうじゃない!駄目だよ、小松くん!その先は言わないでくれ!」
「な、何で!?やっぱり迷惑ですか!?そうなんですね!?駄目って事は、僕なんか」
「違う、違う!そうじゃなくて、僕が先に告白するから言わないでほしいんだ!」
「嫌です!僕がココさんに告白するんですよ!そんなのずるいじゃないですか!早い者勝ちです!」
「君の方が意味わかんないよ!僕は小松くんの事が好きなんだ!大好きで、クリスマスも一緒に過ごしたくて仕方なかったんだよ!」
「あー!酷いです!どうして先に言うんですか!僕が言う筈だったのにぃ・・!」

不安にかられて泣きそうな顔になった小松に焦り、ココは咄嗟に告白をしてしまったが、どうにも納得できない小松は恨めし気にココを睨みつけた。
正直、この場に他の誰かがいたならば何と言うのだろうか。呆れて物が言えないか、苛立ちのあまりに器物破壊に走るかのどちらであろう。
それ程までに二人はなんとも奇妙な言い合いをしていたのだ・・・。

「こ、小松くん・・・・ごめん、怒った?」
「怒りましたよ!僕の方が好きなんですから!」
「そこは譲れないな。僕の方が小松くんのこと好きだよ」
「譲ってくださいよ。年上ですよね」
「年下は年長者の言う事を聞くものじゃないか」
「ずるいです」
「なんとでもどうぞ」

今だに不貞腐れたような小松とは逆に、ココはニコニコと笑っており、とても機嫌がいい。
これ以上の幸せがあるだろうか、とでも言うような表情である。

「はぁ・・・」
「小松くん、溜息を吐くと幸せが逃げるんだろ?」
「そうですよ、逃げるんです。ココさんのせいなので、責任は取ってください」
「勿論、喜んで。責任は一生かけて取らせてもらうよ」

ココはそんな事を言いながら、小松の小さな身体を抱え上げた。
やはり吹雪の中は寒かったらしく、小松の肌はひんやりと冷えているので、早くお茶を淹れてあげなくては、と考える。

「ココさん、僕にそう言いますけどね」
「ん?」
「僕よりもココさんの方が溜息多いと思います。逃げちゃうから、追いかけた方がいいですよ」
「ああ、それなら大丈夫。君は知らないだろうけど」
「・・・・・どういう、事ですか?」

君は知らないだろうけど、という言葉が気になったらしい。
小松は自分を抱え上げているココを見上げながら、不思議そうに首を傾げていた。

「それより、僕の予報ではこの吹雪しばらく続くみたいだよ」
「えぇぇ!?」
「だから、その間はここにいるといい。今度は前みたいに一方的じゃなく、同意の上だから構わないよね?」
「・・・・確かに、そうですけどぉ・・・・・っていうか、質問に答えてもらってませんよ」

どうして、僕は知らないんですか?

問い詰めるような眼差しで見つめられ、ココは自分の胸がなんとも言いようがないくらいの熱さを感じているような気がしてならない。
同時に、自分と同じ願いを小松が抱いていてくれたのだと思えば、先程までの憂鬱な気分なんてすぐに吹き飛んでしまった。



君は知らないだろうけど
逃げた幸せを追う必要なんて
何処にもないんだ




「今の僕は世界一の幸せ者じゃないか。これ以上を望むなんて、流石に強欲が過ぎるよ」




end


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復活早々の舞人さんから頂きました~!!

舞人さんの作ったページに直リンさせていただく予定だったんですが(そして許可も頂いてたんですが)、

やっぱりちゃんとしよう!!と思ってページを作りましたVvv

舞人さん、いつもありがとう&これからもよろしくお願いします!!

 

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